2019.5.10 中建日報 診断士が語る戦争を経験した橋 5回目 戦争を支える橋 軍橋 | プレス情報 | 広島県コンクリート診断士会

2019年5月10日 中建日報

診断士が語る戦争を経験した橋 5回目 戦争を支える橋 軍橋

2019年5月10日 中建日報 | 広島県コンクリート診断士会

ノルマンディー上陸作戦で建設された橋

 ノルマンディーというフランスの海岸を上陸用舟艇で攻め込む連合軍のイメージを抱かれる方が多いと思われます。確かに作戦では最初に上陸用舟艇が使用されたのですが、上陸後の補給線が確保されていなければ上陸部隊は孤立・疲弊してしまい、戦闘は継続できません。先の日本軍のインパール作戦での失敗例のように、この補給路(兵站)を確保することが戦争を継続させるためには最も重要です。
 イギリス軍は1940年のダンケルクでのヨーロッパ大陸からの撤退後、捲土重来を期し、アメリカ軍とともにノルマンディー上陸作戦を練ります。そうして出されたのが「マルベリー人工港」と呼ばれる仮設港湾建設計画です。
 43年、連合軍はノルマンディーの最大7mもの干満差がある遠浅の海岸を克服するため、①浮体式防波堤②沈設ケーソン③浮き桟橋④浮体橋を準備し、すべて英国本土から海上輸送しました。そして、上陸翌日から工事を始めて8日間で文字通り橋頭堡となる人工港を建設したのです。このうち、ホエールと呼ばれる浮体橋は長さ24mのポンツーンをつないで全長400mあまりで海岸線に達します。このポンツーンは4隅にスパッド(支柱)を持ち、それを伸縮させて波打ち際の海底に軟着させ、干満差に対応させる工夫がされていました。人工港は、アメリカ軍が建設したマルペリーAと、少し離してイギリス軍が建設したマルベリーBの2港が建設されましたが、マルベリーAは建設3日後の嵐で壊滅的に破損してしまいました。しかし、この3日間で初期の補給目標は達成されたとされています。一方マルベリーBは終戦まで稼働したそうです。
 この大規模な補給計画は上陸の1年前、当時のイギリス首相チャーチルによって決められたそうです。その後、計画がドイツ軍に知られないよう防諜対策として嘘の情報を流しながら半年間で技術課題を詰め、残り半年間で建設準備をしたというのですから驚くべき集中力です。

持ち運び可能な仮設橋:ベイリー橋

 戦争では、ノルマンディー上陸でも使用されたように船をつないで作る浮橋が古来から多く採用されてきました。しかし、第2次大戦ではベイリー橋と呼ばれる人力で組み立てられるトラス橋が発明・使用されました。
 この橋は、パネルとなった鋼製トラス部材を寄木細工のように組み立て、進行方向に押し出して架橋するものです。これを発明した英国軍のドナルド・ベイリーはその功で英国政府からナイトの称号が与えられました。軍事用以外でも現在に至るまで世界中で使用され続けており、特に仮設橋として多くの建設現場で見かけます。これが平時の建設目的の発明であれば、ノーベル賞ものと言っても良いのではないでしょうか。

軍橋

 このように戦争時に架けられる橋を軍橋と呼ぶそうで、日本にも自衛隊が保有する81式自走架柱橋、トラック輸送で移動する92式浮橋があります。東日本大震災の復興でも使用されており。災害時の利用も可能です。また、ロシア軍は凍結河川を渡河する浮体橋を公開しています。この橋はまず氷の上に浮き橋を乗せてつなぎ、最後の乗っている氷を爆破して浮かべるという方式をとっております。この国で独自の軍橋 が行われているのです。
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